代表メッセージ

抑圧された中学時代。
人との関わりから見えた『人が変わる瞬間』

大阪の荒れた中学校に通っていた私―。荒れた環境の中、保育園の頃からの幼なじみたちは大人が言うところの不良になっていき、学校はそれを抑え込もうとするーーそんな悪循環の中で、私自身もまた、抑圧された中学時代を過ごしました。
小さい頃から体が大きく運動も勉強もできて、しかも気が強く、番長のようだった私を、不良のように振る舞う幼なじみたちは中学になっても変わらず慕ってくれました。
教員は手に負えない不良たちを私に任せ、私も面倒見がよかったので、彼らに勉強を教えたりしていました。
もちろん、そこにあるのは『幼なじみ』という人格だけ。
外見が派手だからダメなヤツに違いないだとか、不良だからやる気がないに違いないだとかいう思いは一切ありませんでした。

そうやって、彼らと膝と膝を突き合わせていくうちに、彼らに変化が見られるようになったのです。
「ああ、私はこうやって人が変わる瞬間に立ち会えることが嬉しい!」そう思った瞬間でした。

破天荒な教師との出会いが教員を志すきっかけに

高校に進学した私は、中学時代の抑圧から一転、その自由な校風に衝撃を受けました。私の通った学校は私服で校則もなく、自分たちで決めるということが当たり前の学校でした。「自主・自由・自立」が校風でしたが、この校風が私という人間にマッチしました。高校とはこんなにも自由で、自分を認めてくれ、やりたいことをやらせてもらえる場所なのだ!と。そして、そこで“先生”の概念をぶち壊す破天荒な保健体育の先生に出会い、自分も高校の教員を志すことになったのです。
ところが、実際に教員になった私が目の当たりにしのは、中学時代に経験した『抑圧』でした。生徒にチャレンジをさせない、個性を認めない、成績別の進路指導ーーそこにあるのは子どもたちの可能性や能力を伸ばす生徒主体の教育ではなく、教員や学校の立場を守る学校主体の教育だと感じました。

ある生徒との出会い。そして、無力な自分

教員として勤務して4年が過ぎた頃、児童養護施設から通う生徒と出会いました。その子には戸籍上の親がおらず、18歳になる頃には自分で生きていかなければなりませんでした。努力ができて、成績も優秀、磨けば光る可能性とエネルギーを秘めた子でした。当時、私は授業だけの関わりしかできませんでした。学校の進路指導には問題もあり、3年後生徒は「今就職できるところ」に就職していきました。その子の「やりたい」が反映されていたのか今でも疑問です。もっと自分を見つめて、やりたいことを明確にでき、それを実現するために高校3年間という時間を使えていたなら。もっと違う形で彼女に関わることができていたなら。もしかしたら、彼女にはまた違った選択肢があったかもしれません…。この時私は、何もできない自分、学校を変えられない自分に無力感を覚えました。

教育こそが人をつくる
望んだ人が望んだ教育を受けられる世界の実現へ

今の学校システムには問題が多いと感じています。でも、その一方で私は学校が大好きです。それは、学校という場所が人の可能性を伸ばし、人生をいい方向に変える可能性を秘めた場所だと思うからです。なにより、私自身が高校時代に、学校という場所に救われた一人だからです。 私は、公教育が子どもたちの可能性を伸ばすものであるべきだと思いますし、教育こそが人をつくると信じています。未来を創るのは子どもたちであり、教育は未来そのものです。だからこそ、住む場所や経済的条件に左右されることなく、望んだ人が望んだ教育を受けられる世界を実現させたいのです。
未来は明るいと信じてーー。

Rie Usui
代表理事 碓井梨恵
ページ上部へ戻る